当たり前

 こんにちは、野村です。

 

 コンビニ等が発行するポイントカード。ワタシは持つのが遅かったです。カードを持つこと、ポイントを貯めて商品に交換することが何となく恥ずかしかったのです。

 

 何故恥ずかしいのか、誰に恥ずかしいのか、考えてもよく分かりませんでした。

 

 あるときのこと。テレビを購入しようとして、「あそこの電気店が安い。」と夕食の時に口にしたところ、父が「男が金のことを言うな!」と声を荒げました。

 

 どちらかと言えば無口で穏やかな父でしたので、その口調に驚きました。父は鹿児島の田舎侍の血を引く人。(たいした家ではありませんが。)

 

 父にとって金銭のことを口にし安い高いと拘るのは、恥ずべきこと、みっともなく、さもしいことだったのです。

 

 それで分かりました。ワタシが嫌金(拝金主義の逆)とまではいきませんが、お金に拘泥するのが恥ずかしく思うのはその影響だったのです。(それが良いとか悪いということではありません。)

 

 それは普段から口にして言われたり、教えられたりしたわけではありませが、ワタシの身体の中に自然に入っていたのでしょう。

 

 風土や文化というのはこのようなものでしょうか。意識せずに当たり前になること、考え方や行動に無意識に影響を与えるもの空気のようなものと。

 

 安全が大切であるとか、事故をしてはいけないと当たり前と考える。そんな雰囲気に組織がなれば、安全文化が熟成されたといえ、事故は起こりにくくなると思います。

 

                                           (野村幸一)

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