起業した頃のお話…

 今日は少し長くなりますが、SSD研究所の起業からの流れをお話しします(沿革のページも是非ご覧ください)。

 私どもは、昭和の時代からこの仕事をさせてもらい、現在は、多くの企業や各種団体様に安全運転研修をご利用いただいております。しかし、以前は年間に数社様しかご利用いただけない時期がありました。

 我々が安全運転研修をはじめた要素の一つに、自動車教習所は免許取得のお手伝いはしているが、取得された方へは何も行っていない、免許証を有している方への安全教育をはしていない、との考えがありました(ちなみに、私が考えたのではなく、八尾自動車教習所の代表取締役がそう考えました)。

 また、持っている資源である、指導員、コース、教習所(全国を含め)を活かそうとの想いもありました。
 とくに、指導員は日常多くのドライバーに接しているので、それぞれの方の危険性や危険度が直感的に分かる、つまり、指導員は安全教育ができる経験値を自然に身につけている、と考えたのです(ここも、八尾自動車教習所の代表取締役がそう考えました)。

 ですから当初は、業務ドライバーのトレーニングは、すぐにできるだろうと軽く、そして甘く考えました(こう考えたのは私です)。早速、近辺の企業や食品関係の企業、銀行、そして農協などへアプローチしました。

 ところが上手くいきません。新規に免許を取得するための教育と、免許保有者の教育には大きな違いがあったのです。
 ご利用いただいてもご満足をいただけないため、2度目のご利用が来ることはありませんでした。「俺たちは初心者じゃない!」とお叱りを受けたこともあります。


 そこで、出直しを図りました。研修を受けられる方の分析を行い、対象者の定義付け、目的の明確化方法の検討などを行い、方法を要素に分けてみました。SSD研究所の「安全とは何か」を考え、深掘りを始めました。今思えば分かっていなかったことも多かったのですが、当時は青臭く、泥臭く手探りで進んでいました。

 その当時、代表取締役に指摘されたことは、「安全教育は指導員にしかできない。しかし、指導員ではできない」という言葉です。
 指導員の経験や感覚を活かしつつ、それを突き抜けて、視点を変え、論理的な展開をしないと、上手くいかないということです。

 以上が、起業した頃のお話です。少し長くなりましたので、今日はこのあたりにして、続きはまたの機会にいたします。

(野村幸一)

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